枝を切って根を枯らす

不思議な瞬間でした。あれはフラッシュバックかのように彼女が花をかんざしのように頭に刺した瞬間を、バスに揺られて静岡の浜松まで向かう途中に運転席に座っていた男の唇にバラの花が1本加えられていたのを見た瞬間に思い出しました。

彼女がその花を頭に指す瞬間の手つきまでも鮮明に思い出され、その時その目の前の壁にあった装飾がクリスマスであったのかお正月であったのか、はたまはた節分であったか、セミの絵だったか忘れましたが、何かしらの装飾が目の前をいろどっていて、それとうまく彼女の刺した花と、壁の装飾の配色がキレイにマッチしたのです。

それは中学の美術の時に習った色相関というやつに書いていたのとそっくりで、さらには自分自身が生まれた時のことを私は覚えているのですが、その時にはじめて世界を見たあの光のようでもあって、さらに、自分が朝おきたらいつの間にか虫になっていてそれは夢ではなくて、そういう時にはまず愕然とするはずですが、それが来る前の一瞬の沈黙のようでも有りました。静岡の浜松に向かう途中、バスの中は静かでした。音1つしませんでした。

わたしは彼女の骨を山の中に埋めようとしていたのでした。もちろん殺人を犯したわけでもないですし、彼女の腕を切って骨を取り出してそれを捨てに行くとかそういう猟奇めいたことではありません。彼女の骨とは私自身のことです。彼女は私の肋骨でした。私の肋骨から彼女は生まれました。しかし私は園を追われ今はバスの中です。私は私を埋めに行く。

自殺?いえ違います。私を埋めるのです。小学生のときにタンボに言って、稲を植えたように、一生懸命、汗水たらし、横の友人に「明日魔人ブウどうなるんだろうな」とぼそっとつぶやき、先生に殴られた時のように。私はわたしを埋めて、私の腕から枝を生やすのです。