同市の県営住宅には。

私は何もしていないのに県営住宅から退去命令を受けたのですと友人の母が訴えてきました。家賃滞納もしていないのに突然のことだったそうです。県営住宅というと入居資格が必要で私はおそらく入れないのだと思います。詳しいことは分かりませんが収入の問題なんでしょう。私は比較的収入には恵まれていて20代にも関わらずそのスキルを評価されて月収80万円という高額な収入を会社から頂いていました。だからといって自慢したいという気持ちはありませんし、それをひけらかす思いは1つもありませんが、事実として80万円もらっているのは事実です。それは友人の母にも話したことがあるのですが彼女はその時つまらなそうな顔をしていました。彼女は貧しさを恥じていたのです。母子家庭ですから色んな物を切り詰めながら暮らしていたようです(それでもブルースを聴き続けたことは彼女の誇りなんだと思う)。私が再婚相手として立候補すれば良かったかもしれませんがさすがに友人の母という立場で結婚を申し込むのはどう考えても非常識でしょう。友人になんて言えば良いのか。今日から俺はお前のパパだとか真面目な顔をしながらポンポンと優しく頭を叩くなんてことは想像すらつきません。彼女に一度その県営住宅の部屋の間取り図を見せてもらってここにまだ誰かが住めるのよ、誰かが住んでくれないかしらとつぶやいていたのを思い出します。それは誘惑的なものでは決して無く、亡くなった旦那を見ていたような言い回しでした。亡くなったということばを使いましたがあくまで法律的に亡くなったのであって事実上亡くなったかどうかはわからないのです。法律では数年見つからなかったら死んだことにする法律があるそうです。ですから彼女の旦那はなくなり彼女は母子家庭だったのです。「もう酸素系漂白剤すら効かないの、あの風呂釜」。彼女の声はまるで蜃気楼のように私ではなく亡くなったとされる旦那へ呼びかけているようでした。風呂釜ジャバでもダメですか?と私は言おうとしましたが、私のことばはもう意味を成さない所まで来てしまったようです。敷地内にはパトカーがとまり、規制線も完全に張り巡らされたようです。まだ終らない。終わらせない。私がここにいる意味がきっとあるはずだ。部屋の外にバリケードを貼ろうが、警察には貼ることができないバリケードがあるのだ。重曹を私は手にとり、ブルースを鼻で歌いながら、玄関のドアを目指した。私は立ち上がると、一度ももう振り返らず、ドアノブを回した。