なぜ語るべきかブルースであって、ブルスリーではないのか?part1

このサイトは真のブルースについて語るサイトです。

そもそもなぜこのサイトがブルースについて語るかというと、あの35年前の悲劇が頭から離れないからです。

私がまだ若くブルスリーやキョンシーの映画をテレビにかじりついて見ていた時のことでした。

やれ地デジへの移行、地デジへの移行などと人々がまだ声をあげる前の話です。総務省が脅すだけ脅してまだアナログは停波しないという呆れや金と心と時間を浪費してしまったあの徒労感をまだ感じる前の話です

私は「あせることなかったんだワン」という犬の真似をしてコメントを書き綴っていくサイトと同じように、尻尾を振りながらメディアの餌となっていたわけです

確かにあの時、ブルスリーはカッコ良かった

すると突然父親が可愛げのない戯れをするように、ブルースのコード弾き始めたのです。

これが「ブルースの名盤だ」と言いながらロバート・ジョンソンの全録音集を聞きながら(しかも海賊版)、ギターを弾き始めたのです

私はなんで私が映画を見て楽しんでる時にそんなことするんだろうと不思議に思いました

しかも父の顔はニヤニヤ笑いながら私を見続けていたのです

密度の高い時間でした。

いやになるくらい長い時間でした。

すると突然、テレビのブルスリーがこう言い出したのです。

「境遇なんか気にするな。私は自らチャンスを作り出す」

次回に続きます。