なにものでもない。

まずはバリケードで封鎖されている場所を乗り越えて、ブルースに耳を傾けようとしました。けど耳を傾けようとしたら私に腕にハンカチを巻こうとして押さえつけようとする人間が現れたのです。それが有名なバラバラ殺人事件を犯したバス運転手だったのです。バス運転手は刑務所から逃走してきたようで、私を人質にしようとしていたようです。

ちょっとまってくれ。おれはブルースを聞きたいんだ。何を言っているんだ。お前はもう人質なんだぞ。警察のサイレンが遠くから聞こえてきました。あのサイレンの音はまるで私の内蔵を突き刺すかのように強いけたたましい音を立てながら近づいてきたのでした。手をあげろ。と警察が言いました。しかしなぜか中国なまりのように聞こえました。私はニーハオと言いました。リオ五輪で楽しんでいる時にそんなことをしてもいいのか、お前の母が泣いているぞ。と警察が言いました。

リオ五輪は開会式が面白かったよな。あの人がびょーんとなって、びょーんとなるところ。そんなところはないぞ、お前は頭がオカシイなと警察が言った瞬間、犯人は銃を打ちました。その瞬間全ての時間がとまり、動けるのは私だけになりました。私は銃の弾丸を指でとってこれをどこに向けたら良いかと考えました。犯人だろうか?死刑になるであろうこの犯人だろうか?

それとも横に生えている木に向けるべきだろうか。それとも遠いところにおいてきた私の思い出に打ち込むべきだろうか。そこまで考えてふとキーボードについて考えたのです。なぜかなと考えたら、この銃を「木」に向けるべきだと、考えてその後に「打ち込む」という言葉が出てきたからでした。私は今はなにものでもない。なにものでもないということがわかっている以上はなにものでもない。

そして私はわたしがもっていたノートパソコンのキーボードに向けて、銃弾を撃ち放ちました。

枝を切って根を枯らす

不思議な瞬間でした。あれはフラッシュバックかのように彼女が花をかんざしのように頭に刺した瞬間を、バスに揺られて静岡の浜松まで向かう途中に運転席に座っていた男の唇にバラの花が1本加えられていたのを見た瞬間に思い出しました。

彼女がその花を頭に指す瞬間の手つきまでも鮮明に思い出され、その時その目の前の壁にあった装飾がクリスマスであったのかお正月であったのか、はたまはた節分であったか、セミの絵だったか忘れましたが、何かしらの装飾が目の前をいろどっていて、それとうまく彼女の刺した花と、壁の装飾の配色がキレイにマッチしたのです。

それは中学の美術の時に習った色相関というやつに書いていたのとそっくりで、さらには自分自身が生まれた時のことを私は覚えているのですが、その時にはじめて世界を見たあの光のようでもあって、さらに、自分が朝おきたらいつの間にか虫になっていてそれは夢ではなくて、そういう時にはまず愕然とするはずですが、それが来る前の一瞬の沈黙のようでも有りました。静岡の浜松に向かう途中、バスの中は静かでした。音1つしませんでした。

わたしは彼女の骨を山の中に埋めようとしていたのでした。もちろん殺人を犯したわけでもないですし、彼女の腕を切って骨を取り出してそれを捨てに行くとかそういう猟奇めいたことではありません。彼女の骨とは私自身のことです。彼女は私の肋骨でした。私の肋骨から彼女は生まれました。しかし私は園を追われ今はバスの中です。私は私を埋めに行く。

自殺?いえ違います。私を埋めるのです。小学生のときにタンボに言って、稲を植えたように、一生懸命、汗水たらし、横の友人に「明日魔人ブウどうなるんだろうな」とぼそっとつぶやき、先生に殴られた時のように。私はわたしを埋めて、私の腕から枝を生やすのです。

同市の県営住宅には。

私は何もしていないのに県営住宅から退去命令を受けたのですと友人の母が訴えてきました。家賃滞納もしていないのに突然のことだったそうです。県営住宅というと入居資格が必要で私はおそらく入れないのだと思います。詳しいことは分かりませんが収入の問題なんでしょう。私は比較的収入には恵まれていて20代にも関わらずそのスキルを評価されて月収80万円という高額な収入を会社から頂いていました。だからといって自慢したいという気持ちはありませんし、それをひけらかす思いは1つもありませんが、事実として80万円もらっているのは事実です。それは友人の母にも話したことがあるのですが彼女はその時つまらなそうな顔をしていました。彼女は貧しさを恥じていたのです。母子家庭ですから色んな物を切り詰めながら暮らしていたようです(それでもブルースを聴き続けたことは彼女の誇りなんだと思う)。私が再婚相手として立候補すれば良かったかもしれませんがさすがに友人の母という立場で結婚を申し込むのはどう考えても非常識でしょう。友人になんて言えば良いのか。今日から俺はお前のパパだとか真面目な顔をしながらポンポンと優しく頭を叩くなんてことは想像すらつきません。彼女に一度その県営住宅の部屋の間取り図を見せてもらってここにまだ誰かが住めるのよ、誰かが住んでくれないかしらとつぶやいていたのを思い出します。それは誘惑的なものでは決して無く、亡くなった旦那を見ていたような言い回しでした。亡くなったということばを使いましたがあくまで法律的に亡くなったのであって事実上亡くなったかどうかはわからないのです。法律では数年見つからなかったら死んだことにする法律があるそうです。ですから彼女の旦那はなくなり彼女は母子家庭だったのです。「もう酸素系漂白剤すら効かないの、あの風呂釜」。彼女の声はまるで蜃気楼のように私ではなく亡くなったとされる旦那へ呼びかけているようでした。風呂釜ジャバでもダメですか?と私は言おうとしましたが、私のことばはもう意味を成さない所まで来てしまったようです。敷地内にはパトカーがとまり、規制線も完全に張り巡らされたようです。まだ終らない。終わらせない。私がここにいる意味がきっとあるはずだ。部屋の外にバリケードを貼ろうが、警察には貼ることができないバリケードがあるのだ。重曹を私は手にとり、ブルースを鼻で歌いながら、玄関のドアを目指した。私は立ち上がると、一度ももう振り返らず、ドアノブを回した。

10とガンジー

そろそろ時が迫りつつあるなと感じています。残り10ですから。10を一の位と十の位に分けるとすると一の位は0です。そこで考えることは、もうすぐ世界一の人口を持つと言われる国、それはパキスタンやバングラディッシュやイラク、トルコに囲まれている国(囲むといっても隣接しているという意味ではない。あくまでも喚起されたイメージです)、さらに中国を超えて世界最大の国であるそのインドで古代人類史上初めて「0」という概念が作られたそうです。だからインド人は数学が強いという話はどういうわけかいろいろな場所で聞こえてきます。そしてどこの国の人もがなぜかそれを言いたがります。先祖がインド人であるというわけではありません。もちろん5世代くらい遡れば私の先祖にもガンジーみたいな人もいるかもしれませんが、実際の所5代前の人物がどういう人物か分かる人はそこまで多くないと思います。つながりや因果関係というものは多数の人は意識化に登らないんだなとあらためて感じます。あの仲の良い友人のことも強いつながりがあると思いながらも、彼のことを詳しく知りません。そこに絶望を感じてしまう人もいるでしょう。ですから「起源」や「目的」というものは大切だと思います。そもそもこの文章が始まってしまった、語りだしてしまった目的はなんだったでしょう?。何かが近づいてきて迫りつつあるからではなかったか?。私は急に身構えたのでした。これを文章にしなくてはいけない。なぜならタダ事ではないのだから。もう二度を訪れることのない一瞬が今まさに来ようとしているのだから。毎日朝起きて着替えてご飯食べて仕事に行くために電車に乗って、電車の中で目の前に立っている人にヨダレのようなものを垂らされて、ファミリーマートで購入したコカ・コーラを開けようとしたらなぜかブシューという音を立ててその場にぶちまけて、隣の美しい女性がこれを使ってくださいと言って明らかに高級な百科店で買ったであろう(そごうや大丸級の百貨店である)ハンカチを私の目の前に差し出し、これを使ってくださいと言われ、そんなことはできませんよお嬢さん、自分でなんとかしますと言うと彼女は、あ、そうですかと言ってすぐバッグに閉まってしまって、一回断っただけでバックに戻すとは思わなかった私は、あとかえとかうとか言葉にならないうめきを上げて呆然とし、自分の降りるべき駅にちょうど着いたので、ぶちまけたまま駅に無言で降りるというルーチン化された生活の中から抜け出せるのではないか?明らかに普通では無いことが今起ころうとしている。だから書かずにはいられないと思ったのでした。しかし書こうと思えば思うほどに別のことが頭をよぎり続けるのでした。

優勝は、誰の手に?

AKBの指原が優勝した、といってもAKBの選挙の裏事情について何か私が事情をしっているというわけではなく、またミヤネヤだとかとくだねだとかおせっかいな報道番組のように、色々詮索がしたい、なにがどうなって優勝したんだろうと、勘ぐりたい。という変な好奇心に駆られてしまっているというわけでもない。私が言いたいのは指原という人がそもそも私が昔山手線の渋谷駅だか東京駅だか忘れてしまったが、ホームで電車を待っている時に急に突風が吹いて私の身体が1mくらい飛ばされた時に「ああ、怖い。もう少しでホームに落下するところだったわ」「私の身体が軽すぎるのかしら」と感じて、その前日にビリーズブートキャンプを1年ぐらい絶えずやってきて、ついに念願の40kg台を確認したことを我が家の体重計で知ったことを同時に思い出したあの時刻「12時33分」のわずか5分後に偶然出会った女性とすごく顔が似ているということであった。ここで5分後とわざわざ書いたのはその12次33分以降の5分間のことがどうしても思い出せないからである。確かに急な突風で私の身体が宙に舞った時に視野の片隅にうつったホームの掛け時計はその時刻を指していた。指していたといってももちろん前述のアイドルとかけていっているわけではなく、文字通りその時刻を指していた。しかしその後わたしはどうしただろう。確かその5分の間で電車には乗らなかったはずだ。というのも指原似の彼女と出会ったのは電車の中ではなくあくまでホーム上なのだから。ところで山手線の電車が来る間隔は5分以下ではなかったか?。そんな気がするのは私が地方出身で東京の電車のダイアルをあまり知らないからだ。いまだに。地元では20分待ち30分待ちが当たり前の話で、東京に始めてきた時はびっくりしたものだ。電車はものすごいいっぱいくるし、なにより改札口からはいってホームに上るまですごく大変で、人が多いし何より道がわからない。そうだ。私がはじめて東京に来た日もそうだったし、あの日さしはら似の彼女とあった日も確かに道を迷った気がする。そして突然ブルースが心をかすめたのだった。「あいつに話しかけな」。そんな声が聞こえて5分がすっ飛んで消えたのだ。消えたのは私の中だけでほかの人にはいつもの5分だったのかもしれない。けどたしかにふっとんだ。あれはブルースが鳴り響いたからである。

ロンドン、火のように

市場は落ち着きつつあるのだろうか。ブルース好きの彼女がそうつぶやいた時、彼女の友人「堺正隆」は三井住友銀行のロビーで優雅にあくびをしながら、順番を待っていた。確かに俺は赤ちゃんを車の中で放置してしまった。パチンコ依存症だってことも認めるし、警察に罵声を浴びせられることもしかたがないことだと思う。また突然妻が離婚しましょうと言い出したこともあまりにも青天の霹靂すぎると感じたがたしかに仕方ないことなのかもしれないとも思った。昔彼女を裏切って、といっても浮気ではなく、彼女と昔約束したことがあって、絶対他の女を触らないで、握手もしないで、といわれたにも関わらず、あの東京国際フォーラムの場で、初対面のアナスタシアという女性が握手をするために手を出してきたので反射的に握手をしてしまったのだった。しかも彼女はその時トイレに行っていてそこからちょうど出てきたところだった。彼女は私がトイレに行っている間に内緒で別の女に触れたんだ、なんという裏切り!許せない!という心に彼女はなったそうだ。触ったことは許せても私の見ていないところでそんなことを。私は激しく平謝りをした。約1ヶ月後に許してくれた。にも関わらずまた私は彼女に対してひどいことをしてしまったのだった。「俺はなんて人間だ・・ずるいやつだ・・」。そう頭を抱えた瞬間に、テレビからあるニュースが流れてきた。そのニュースはどうでもいい地方ニュースだった。しかしインタビューで昔の同級生が映った。「狭山千香」。ブルース好きの狭山はその時、生放送という形でインタビューを受けていた。「・・私はアベノミクスは成功したと思ってますよ。」、彼女がそう言うとその後ろを歩いていた女性が「日経!!」と叫んで走っていったのだ。何が日経なんだと思ったが完全に無視して私はインタビュアーに対して自分の夫のモラルハラスメントについて話してみた。「・・あ、えーと」と苦虫を潰したような顔でインタビュアーが引きつった。いつもこうだ。私が「いつも心に太陽を」の英語版をみんなの前で披露した時もあのような顔を彼らはしたし、リーマンショック以降私が常々お金にピリピリしていた時に近くに住む労務士に「金が世の中で一番なんだよ」と畳み掛けた時も反射的に彼を殴ろうとした時も、あの呆れ顔をされたのだった。しかし本当に呆れていたのは新聞の一面を飾っていたイカれるロンドン市民であった。ロンドン市民の顔はまるで、あの幼少の頃、私がブルースに目覚め、世界を震撼させるきっかけとなった第4次ブルース対戦の場に足を運んだ時に見せた父の顔とそっくりだった。